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歌舞伎

2013年9月 5日 (木)

朝一番は歌舞伎のニュース

今朝も起きられなかった。
資源ゴミの日だからどうしても出さなくては・・・・。
工事中なので、窓ガラスに幕を張られていて、雨が降っているかどうかも分からない。
ゴミを捨てに行ったら雨は上がっていた。
今日は、どうしても入稿しなければならないのがあるので、バス停へ向かう。
そうしたら、どしゃ降りになり雷まで!
ああ、もう行きたくない。
でも家にいても工事の人がうるさいし、窓は開けられないし。
結局、普通に会社についてしまった。
タラタラと仕事を始める。

N爺が夏休みで帰ってきていた。
東北に行ったので、雨にずっと降られていたらしい。
やっぱり行いの問題です。

やけに喉が渇く。
麦茶を飲みながらパズルの問題を検証し始める。
頭が回らない。

でも最初にPCをあけて、福助様のコメントを読んだからちょっとは元気。
襲名の演目は「本朝廿四考」の八重垣姫、「京鹿子娘道成寺」の花子などが予定され、大御所から花形まで歌舞伎界挙げての興行となる。
来年3、4月の歌舞伎座を、6月博多座、7月大阪・松竹座、12月京都・南座、再来年は地方と襲名興行が続く。
どこまで追いかけられるか、お金が続かなくなるけれど、地方でも見てみたい。

鬱で始まった水曜日。
鬱の辛さはなった人しかわからない。
ただのなまけ病に見えるらしい。
あと2日で休みが来る。
頑張るしかない・・・・・・・・。

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2013年9月 3日 (火)

襲名!

中村福助さまが来年、七代目中村歌右衛門を襲名するとネットをみたらニュースに書いてあった。
嬉しい限り!
お父様のお名前、「芝翫」を襲名するとばかり思っていた。
「歌右衛門」の名は歌舞伎の大名跡で2001年に福助様の大叔父様にあたる六代目歌右衛門丈が亡くなって以来13年ぶり。
でもなんだか遠くへ行ってしまうような寂しさも。
同時に児太郎クンも十代目福助を襲名する。
これで来年も歌舞伎鑑賞も楽しみが倍増!!!
去年から、歌舞伎界には暗いニュースが多かったから、こういう明るいニュースはいいことだ。
今から節約を重ねて来年は、存分に追っかけをやってしまおうかな。

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2013年8月12日 (月)

猛暑の歌舞伎観劇

今、歌舞伎座では三部構成でやっている。
朝は起きられない、夜はあまり遅くなるのは嫌だということで昼の部、2時15分からのを観に行った。
一部が終わるまで、入口の前でしばし待つ。日陰だというのに、頭の先から汗が流れてくるのがわかる。

ようやく中に入る。
今までの歌舞伎座は古かったせいか、クーラーもよく効いていなかったが、こんどはビンビンで寒いくらい。

私が見たのは「髪結新三」と「かさね」

「髪結新三」は坂東三津五郎丈が新三をつとめ、その手下が勘九郎クン。(もうクン付けはやめようかな)
新三が大店の御嬢さんをさらって、金を取ろうとするお話。
その御嬢さん役は福助さまの長男児太郎クン。
まだ、声が完全にできていないのか、ちょっと聞きづらかった。
うまくさらってきたはいいが、そこへ橋之助様演じる親分の源七が間に入って、金でかたをつけようとする。
結局30両でかたがついたが、新三より上手の大家がなんと半分の15両を取ってしまう。
そのうえたまっていた店賃2両もとり、金が入るからと先に買っておいた初鰹の半身まで持って行ってしまう。

面白くないのは源七親分。その親分の悪口をいいながら賭場から帰ってきた新三はあっさりと閻魔橋のたもとで、親分に切られて死んでしまうのだった。

というお話だけど、結構笑いを取る場面もあり楽しめた。

「かさね」はおどろおどろしい舞踊劇。
演じるのは福助、橋之助兄弟。
御殿女中かさねは大好きな与右衛門の子を宿し、御殿女中をやめて二人で暮らしたいという。
だが何の因果か、与右衛門は重ねの父を鎌で殺し、母とは不義密通をした男。
それを知らずに誘うかさねがいじらしい。

しばらくしてどくろが流れてきた。
それはかさねの父のもので、ここで与右衛門の罪が発覚するのだ。
その怨霊のせいか、重ねの左半分の顔とからだがおかしくなる。
顔は目がくずれ、足をひきずり、美しい右側と対象になっている。
ついに与右衛門はかさねを、その父を切った鎌で切ってしまう。
髪はみだれ、乱れた長じゅばんの赤いもみじ模様が血の流れるように見える工夫が、余計おどろおどろしさを醸し出す。
最後は柳の木に寄り掛かるように立つかさね。
福助様の立ち姿は、本当に幽霊がフワッと、立っているように見える。
と、涼んだのだが、外へ出ればまだ暑い。

本当は第三部も見たかった。
棒しばりをやるからだ。
「ぴんとこな」でやっていたので、本物(?)を観たくなった。
三津五郎丈は踊りの人なので、きっと面白くやるだろう。
でも終わりが遅いのも嫌だし、疲れたしで、帰ることにしたが、まだ8月いっぱいやっているので、いつか早退して、三部を見てみよう。

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2013年3月28日 (木)

御練り

新しい歌舞伎座(東京都中央区)の新開場を記念し“世紀の御練り”と銘打ったパレード「GINZA 花道」が27日、東京・銀座大通りで行われ、歌舞伎俳優63人が練り歩いた。
銀座での歌舞伎俳優のパレードは初めて。
今度の雑誌で歌舞伎座をとりあげるということで、うちの担当爺(MJ)が写真を撮りに行った。
あの雨の中、よく撮れたから使うと言っていた。
そういうのはプロに任せた写真を使う方がいいのに。
「海老蔵も撮りましたよ」とか言っていたけれど、肖像権があるから、黙って使えないはず。

私は夜のニュースステーションで、ゆっくりと見物。
インタビューも私のご贔屓、福助様だったので、幸せ気分!
テレビのほうがよっぽどよかった。
歌舞伎座へは4月13日に行く。
席もいいし楽しみだ~!!

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2013年2月11日 (月)

義経千本桜 吉野山

家に居ても泣いてばかりなので、歌舞伎を観にいった。
もちろん、福助さまの静御前目当てで。
相手の佐藤忠信(源九郎狐)は復帰第一回目の公演の染五郎。
最初に父松本幸四郎丈の口上があり、復帰公演の幕が開く。
私は、この吉野山が大好きで、故中村勘三郎(当時勘九郎)丈と福助さまのコンビが、立ち雛の見栄をきるときの美しさに惚れ惚れしたものだった。

狐の化身忠信の親が、静御前のもつ鼓の皮にされてしまっているので、鼓の音が響くとあらわれる。そしていとおしげに鼓を抱くくだりでは、思わず自分に重ねてしまい涙がこぼれた。

次の芝居、「新皿屋舗月雨がさ」では、児太郎クンが小姓役ででていた。
初々しいが、まだまだ女形の道は遠い。
ところどころに少年らしさが出てしまう。
福助さまのお蔦の妖艶な美しさと芸はさすが見応えがあった。

終わってから、宝塚の前を通ると、チケットが売りにでていた。
母が亡くなったその日、本当はこの公演を観に行く日だった。
よほど、観てから帰ろうかともおもったが、歌舞伎だけで疲れてしまい、そのまま帰ることにした。
夜の部をみると帰りがおそくなり、暗い家に帰るのは寂しすぎるから。

でも少しずつでも外へでて心のリハビリをしなくてはと思うようになった。

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2012年12月 5日 (水)

中村勘三郎丈を偲ぶ

私の歌舞伎観劇履歴の中でも、勘三郎丈のでている作品は多い。
もちろん勘九郎時代も観ている。
「昔噺桃太郎」で勘九郎として初舞台をふんでいるので、勘九郎最後の作品は、やはり同じく「桃太郎」だった。

平成中村座ができたときは、もちろん観に行った。
その時の忠信と静御前(福助様)の二人そろっての見栄は、まるで一対の立雛のように思えた。
それから、私の中村屋さんの追っかけが始まる。
(もちろん義兄弟だから福助様も一緒に出ることが多いので一石二鳥)

コクーン歌舞伎、夏祭浪花鑑(なつまつり なにわ かがみ)」では、ここだからできた最後のシーンの演出にみんなびっくり。
芝居と現実が一緒になったのだ。

いろいろな作品がまるで昨日のことのように思い出される。
親子三人の連獅子。
舞台を屋根の上に見立てた演出の鼠小僧。
私の見た最後の勘三郎丈の舞台は、勘太郎クンの勘九郎襲名披露だった。

またこの次観れる、いつでも観れる、と思ってはだめ。
機会があれば、なるべく誰のでも観たい舞台は見るようにしよう。
今まで、歌舞伎の面白さを教えてくれてありがとうと言いたい。

合掌

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2012年6月27日 (水)

何でも鑑定団

1人帰り、2人帰り・・・・そして私だけが残業!!
真っ先に帰ったのはオヤジ。

疲れた身体で家に着いたらもう9時近い。
それから夕食。
さあ、TVでもみながらと思い、今日は火曜日鑑定団♪とTVをつけると、な、な、な~んと、福助様が出てらっしゃいました。

お宝は、さすがです。
頼山陽の私信でした。
俳句か何かを歌右衛門とたしなんでいると、芝翫がチャチャをいれたとかいう内容だったような気がするが、途中だったのでよくわからなかった。値段も私信なのでつけようがないが、250万?350万?どっちだったろう。
とにかく、福助様の一挙手一投足を見ていたので、よく聞いていなかった。

舞台が好きでよくみるけれど、オフの姿はあまり見たことがない。
笑う仕草が歌舞伎の女形のような色っぽい手つき。
ん~。舞台が観たい!!

ちょっといろいろと煮詰まっている今日この頃でした。

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2011年8月14日 (日)

花魁草と櫓のお七

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8月大歌舞伎初日を先週観てきた。
もちろんお目当の福助様中心に演目を選んだ。
8月は1日に3回興業があるので、11時からの「花魁草」「櫓のお七」を観てきた。
福助様は花魁草での吉原の花魁お蝶の役。
相手は大部屋役者中村幸太郎役の中村獅童。
物語は安政の大火事で逃げ延びた二人が、なぜか心惹かれあい栃木まで逃げ延び、夫婦同然にだるまを売って暮らしている。
そこへ芝居小屋の座元が来て、幸太郎をみつけ江戸へ帰らないかと誘う。
でもお蝶をおいて江戸へ行くわけにはいかない。
お蝶はそれを見抜いて姿を消す。
「花魁草」を植えると末永く仲のいい夫婦でいられるという言い伝えがあるが、これは悲恋の物語。
江戸で成功をおさめた幸太郎がお蝶をさがしにくるが、二度と二人は会うことはなかった。

年上の花魁が若い人気役者と一緒になれるはずがない。
お蝶は陰から幸太郎をしのんだのだった。
もう相手には聞こえない切ない呼び声。涙涙で幕が下りる。

もう1本は「櫓のお七」。八百屋お七の物語。
七之助クンのお七が初々しい。
そして途中から人形振りでお七が恋の切なさを踊ります。
人形振りの後見はふつうの時と違うので赤い紐をつけていて、人形をぱっと持ち上げるタイミングなど抜群。
ふと人形から我に返り、お七は火事になればまた愛しい人に会えるとばかりに、やぐらの上の太鼓をならすのでした。

外へ出れば真夏の太陽。
でもじんわり切ない恋二つは、久しぶりに私の心を満たしてくれた。

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2011年7月 3日 (日)

七月大歌舞伎

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昨日は久しぶりの歌舞伎の日。なぜかもっていたプラチナ(チケット:海老蔵復帰初日)。
でも私の目的は福助様。だから買っておいたのだ。
新橋演舞場が近づくと、いつもと違う風景。

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インタビューをうける人や・・・

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カメラを引くと報道陣。
小泉首相もきていたそうな。

私の観た午前の部最初は義経千本桜・鳥居前。
静御前と義経の別れの場面。
義経は市川門之助、静御前は市川笑也、佐藤忠信(実は狐)を市川右近の澤瀉屋チーム。澤瀉屋さんの芸はパキパキと歯切れがよい。

そしてお待ちかね、歌舞伎十八番・勧進帳。
この十八番とは七世團十郎が芸を選定するに決めた数字。
天保3年(1832年)に市村座で「助六」を演じた際に「市川海老蔵寿狂言十八番之内」と銘記したところから市川家の芸と公表されたそうだ。
その一つ勧進帳は義経が奥州へ向かう際にとおる安宅の関での、有名な弁慶と富樫左衛門の問答だ。
この富樫左衛門に海老蔵が扮し、弁慶を團十郎が演じた。
富樫左衛門が出てきたときに、「待ってました!」「成田屋!」と掛け声が飛ぶ。
私自身、海老蔵はそんなにひいきではないけれど、少しやせたのか、すーっとしてさすがに美しかった。

お待ちかね(私が)三番目は大佛次郎作「楊貴妃」。
歌舞伎には珍しく中国ものだ。
そのため化粧も衣装もいつもと違う。
まるで宝塚を見ているようだった。
物語は静かに暮らしていた天真(後の楊貴妃:福助様)が玄宗皇帝に見初められ宮中にあがり、寵愛をうけるが反乱がおき殺されるまで。
実は天真には想い人がいたのだ。
それは高力士(海老蔵)といい玄宗皇帝に仕えるもの。
しかし高力士は実は宦官だったのだ。
かなわぬ恋をあきらめた天真は、高力士を見下し、威厳をもって宮中へと輿入れをする。
その後、戦乱の世となる。
それは玄宗皇帝が楊貴妃を寵愛するがため、楊一族が権勢をふるったからだといい、楊貴妃を敵側に引き渡すように言われる。
楊貴妃は自分のために天下が傾いたことを誉に思うと敵側に自ら行こうとする。
が、高力士は玄宗皇帝自ら手をくだすのが情けだという。
玄宗皇帝は楊貴妃殺害を高力士に命じる。
高力士は彼女の命を自分の手で断つことができる悦びに浸る。
逃げる楊貴妃を捕まえ、抱きしめ、最後はかんざしを抜いて急所を刺し絶命させる。
その亡骸を、宦官だというだけで見下された復讐をとげ冷たい目で見つめるのだった。

というのがあらすじだが、最後の楊貴妃と高力士の愛撫とも思えるしぐさ。
本心では二人は愛し合っていたのではないか・・・というのが私の解釈。
それを身分、名誉が邪魔をしていたのだろう。
楊貴妃と高力士の絡み合いがなんとも悩ましく、逃げているのか追いかけているのか、微妙な型が美しい。

昨日はつかれたけれど、目の保養、心の安らぎになった一日だった。

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2010年10月 3日 (日)

連獅子

10月2日、錦秋歌舞伎初日。
あまり体調はよくないが、どうしても坂東三津五郎&巳之助親子の連獅子が見たかったので、新橋演舞場へ出かけた。(席もめちゃよかったし・・)

獅子は谷底に子を落とし、這い上がってきた子だけを育てるという故事にならった舞踊。
さすがにお父さんのほう(三津五郎)は踊りのお家だけに、流れるような振り付け、力強さ、子を思う優しさがあらわされていて獅子の世界へ誘われた。
巳之助くんはまだまだ固い。お父さんについていくのが必死。
それがまた子獅子を自然と仔獅子を現している。

がけから落とす親獅子。
あがってこようとする子獅子を何回も落とす。
そしてそっと見守る。
仔獅子は落ちては登りで、しばらく疲れて寝てしまう。

子供が上がってこない。
そんな弱い子に育てた覚えはないが・・・。
父獅子の苦悩。

川の流れで目を覚まし、仔獅子はようやく崖の上に上がってくる。

そして獅子の精となった親子の踊り。
勇壮で幻想的で、とにかく一瞬たりとも目が離れない。

最後は獅子の精の毛振り。
これは何組もの連獅子をみていたが、アレンジも見ごたえも三津五郎丈のが一番良かったような気がする。
さすがにここでも巳之助くんはついていくのに必死で、半テンポ遅れていたけど。

この連獅子は大抵、実際の親子が演じる。
以前は中村勘三郎親子が3匹の獅子を演じたことがあった。

三津五郎&巳之助親子は、平成17年に一度、親子で踊っていたのだが、まだ巳之助くんはこの道に進むか決めかねていたと言う。
今回の筋書きのなかで、三津五郎丈は坂東家が直径で繋がり、曽祖父、祖父、父の追善狂言ができて一安心。また巳之助くんが役者としての自覚もでて次の世代に繋げることができるといっていた。
巳之助くんは、顔の輪郭は細いが、目鼻立ちはイーちゃん(母親)に似ているなと。
イーちゃんもこの連獅子を見たのだろうかと、ふと考えてしまった。

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